紛争の内容
この紛争に先行して、隣地間の筆界特定制度の利用による筆界特定がありました。
筆界特定をするに至ったのは、そもそもの、建替え予定の建物の底地とその隣地などの境界が不明であり、その中で、双方の所有するその他の土地が、一方の自営業のための倉庫兼車庫として無償利用されている状況があり、他方で、その他法が行う自営業のための来客用駐車場として、無償利用されていたため、隣地隣人間で、法律関係が錯綜していました。
その錯綜は、ひいては、先々代の被相続人の作成した公正証書による遺言と、その遺言執行者として予定されていた弁護士が遺言者から請われて辞任したこと、遺言作成時の相続人の状況が大きく変わり、遺言の趣旨を正確に理解する人物が存在しなくなっていたという状況が紛争の出発点の一つのようでした。
筆界特定で終了した先行する民事調停には、当職は関与していませんでしたが、依頼者の相手方代理人は、先行する調停から就任していました。
この紛争は、隣地隣人間の紛争でもあったため、境界をめぐる紛争、土地の無償利用関係の解消・清算を含めての、示談交渉・調停における協議、ようやくの調停成立、成立した調停条項の円満実現に至る、途中から代理人に就任してから終結まで6年余りを要した事案です。

交渉・調停・訴訟などの経過
本調停に先行して、法務局の筆界特定がありました。
建替えを予定する建物の底地の一部には、隣家の側の方の所有地がありました。
建替えに当たっては、土地所有者の承諾・同意が不可欠ですが、その承諾を求める調停が申し立てられました。
土地所有者である相手方は、その承諾料の支払いを求めましたが、その能力が不十分であるとして、建物所有者側の土地の一部(これは底地所有者側が来客用駐車場の一部として利用しています)の交換を提案しました。
土地所有権の交換には、所得税法上の交換の特例があります。個人が、土地や建物などの固定資産を同じ種類の固定資産と交換したときは、譲渡がなかったものとする特例があり、これを固定資産の交換の特例といいます。
この特例を受けるための要件は、次のとおりとなっています。国税庁のホームページから引用します(№3502)。
(1)交換により譲渡する資産および取得する資産は、いずれも固定資産であること。
不動産業者などが販売のために所有している土地などの資産(棚卸資産)は、特例の対象になりません。
(2)交換により譲渡する資産および取得する資産は、いずれも土地と土地、建物と建物のように互いに同じ種類の資産であること。
この場合、借地権は土地の種類に含まれ、建物に附属する設備および構築物は建物の種類に含まれます。
(3)交換により譲渡する資産は、1年以上所有していたものであること。
(4)交換により取得する資産は、交換の相手が1年以上所有していたものであり、かつ交換のために取得したものでないこと。
(5)交換により取得する資産を、譲渡する資産の交換直前の用途と同じ用途に使用すること。
この用途については、次のように区分されます。

交換譲渡資産の種類とその用途区分の表

交換譲渡資産の種類
区分
土地
宅地、田畑、鉱泉地、池沼、山林、牧場または原野、その他
建物
居住用、店舗または事務所用、工場用、倉庫用、その他用

(6)交換により譲渡する資産の時価と取得する資産の時価との差額が、これらの時価のうちいずれか高い方の価額の20パーセント以内であること。
この交換特例の適用の点で慎重に検討したのは、上記(6)の「20%」以内であることの要件でした。
建物底地は、県道に面していたため、その広さは交換対象土地に比べると狭くても価値が高めでした。他方、駐車場用地の一部である交換土地(分筆される)の土地は、公道には面していないこと、建物の付属建物である物置の一から分筆するにも、底地よりも広い面積となしえず、20%以内となるかが問題でした。
また、その時価については、不動産鑑定士の鑑定評価額が理想ですが、少なくとも、路線価評価を前提と橋、双方の関係のある税理士のアドバイスを求めました。
当方の依頼者懇意の税理士は、特に問題とならないだろうとの意見でした。
相手方は複数の税理士の意見を求めたとのことですが、税務署出身の税理士は、本件事案(解決)のための特殊性を追加説明すべきだというものでありました。
それが必要であるか疑問なしとしませんでしたが、円満解決のため、その説明のための合意書を作成に協力しました。
さらに、双方当事者に使用貸借関係が複数あることから、建物所有者側が現在は使用していない車庫兼資材置き場の建物のある土地の利用関係を解消し、更地明渡を求めました。
この解消に当たり、立退料の趣旨の解決金の支払い・額が争点となりました。
これを底地価格の3割として、本件では300万円と提案しました。
使用借権者側は、調停委員会委員の意見を踏まえた審判官も上記金額を相当とする意見を述べたこともあり、同金額を承諾しました。ただ、建物の取壊しは地主の側で行うこととの条件が付きました。
 また、本件紛争の根底には、遺言公正証書と遺産分割協議書の内容の齟齬があったようであることから、本件紛争終結に当たっては、本遺産分割については一切異議を述べないことを確約することが大前提となりました。

本事例の結末
協議は長期間にわたり、双方の歩み寄りが期待できない中で、調停委員会からは、調停に代わる決定にゆだねたらとの裁判所も積極的に解決(終結)のために対応してくれました。
しかし、より丁寧に協議を重ねたいとの希望を述べ、審判官の後退や調停委員の交代もあっても、粘り強く協議を重ねて、調停成立に至りました。
成立した調停調書の条項の実現にも、双方当事者代理人は注意を怠りませんでした。
調停成立後、分筆手続後の土地交換の登記も完了しました。
その後、確定した境界をもとに、外構工事も執り行われました。

本事例に学ぶこと
本申立は、先行する民事調停においては、境界が確定していないことから、前提として協会の確定のために、法務局の筆界特定制度が利用されました。
この筆界特定に対しても、当事者双方が納得したことを表明しないままでいたようですので、筆界特定の申立人側としては、境界確定訴訟の提起がなされるのではと危惧していたようです。
しかし、建物建替えを主目的とされ、底地所有者の承諾を改めて求め、結果、隣地隣人間の潜在的な紛争を一挙的に解決することがかないました。
先方の代理人に至っては本件紛争に10年以上関わってきました。
双方代理人、当事者は、ここで解決するのだという意欲を維持し、結果、調停成立に至りました。
調停を成立するためには、交換特例の適用を考え、双方税理士への問合せ、確認をし、また、仮に交換特例が認められない場合の、不動産譲渡職税額も見積もるなど、万が一に備えて、万全を期しました。
公正証書遺言の執行がなされても、その遺言の内容も一因でありますので、隣地隣人間の紛争は不可避だった、また、使用貸借関係の維持は困難であったと認識される事案でした。
双方の代理人が辛抱強く対応したため、双方の依頼者が相応に満足納得できる結果になったのではないかと、双方代理人は自負しています。
稀有な事例ですが、ご参考になればと存じます。

グリーンリーフ法律事務所 弁護士 榎本誉