紛争の内容(ご相談前の状況)
依頼者は、幼稚園の運営などを行う学校法人様です。新園舎の建設に向け、ある設計会社と建築設計・監理業務委託契約を締結し、着手金や中間金として既に約2000万円以上を支払っていました。
しかし、設計の方向性や進め方を巡って双方の信頼関係が崩れ、契約を解消せざるを得ない状況となりました。依頼者様としては、既に多額の費用を支払っているにもかかわらず、手元には成果物(図面やデータ)が何もない状態でした。
当事者同士で話し合いを試みましたが、相手方は成果物の引渡しを拒むばかりか、「ここまで作業した分として、更なる追加費用を支払わなければデータは渡さない」と強硬に主張。交渉は完全に膠着状態に陥っていました。
このままでは、支払った2000万円が無駄になるだけでなく、新しい設計事務所への引き継ぎもできず、建設計画自体が頓挫しかねない危機的状況の中、新たに顧問弁護士となった当事務所にご相談をいただきました。

交渉・調停・訴訟等の経過(当事務所の対応)
ご依頼を受けた弁護士は、直ちに相手方に対して受任通知を送付し、交渉の窓口となりました。
本件の最優先事項は、「金銭的な争いを長引かせること」ではなく、「一刻も早く成果物を確保し、新しい設計事務所に引き継いでプロジェクトを再始動させること」でした。
そこで弁護士は、以下の戦略的な和解案(早期解決案)を提示しました。

追加費用の拒否と既払金の清算
相手方が要求する追加費用は一切支払わない。その代わり、こちら側も既払金の返還請求をしないことで、金銭的な清算をチャラにする。

成果物の完全引渡し
上記を条件として、これまでに作成された「基本設計図書」および途中段階の「実施設計図書」、さらに動画やデザイン案など、全てのデータを引き渡すこと。

実効性のある引継ぎ
単にデータを送らせるのではなく、データの受領は対面で行い、新しい設計事務所の担当者も立ち会わせて、質疑応答などの技術的な引継ぎに真摯に協力させること。

著作権の処理
引き渡されたデータの著作権を全て依頼者に譲渡し、著作者人格権を行使しないことを確約させること(これにより、新しい設計事務所がデータを自由に修正・加工できるようにする)。
相手方は当初難色を示しましたが、弁護士が「これに応じないのであれば、既払金の返還を求めて徹底的に法的に争う」という毅然とした姿勢を示したことで、最終的にこちらの提案を受け入れました。

本事例の結末(結果)
粘り強い交渉の結果、新たな追加費用を1円も支払うことなく、合意に至りました。
これまでに作成されていた基本設計や実施設計のデータ一式は、無事に新しい設計事務所へと引き継がれました。著作権の問題もクリアになったため、新しい設計士は既存のデータをご破算にすることなく活用でき、プロジェクトの遅れを最小限に留めることができました。
依頼者様からは、「追加費用を払わずに済み、スムーズに次の設計士にバトンタッチできたおかげで、園舎の建設を前に進めることができました」と、大変感謝していただきました。

本事例に学ぶこと(弁護士からのアドバイス)
建築紛争は「サンクコスト(埋没費用)」の見極めが重要
設計契約のトラブルでは、「お金を返してほしい」と裁判で争っても、相手が作業を行っていた事実は消えず、全額の返還は困難な場合が多いのが実情です。場合によっては、返還請求に固執するよりも、本件のように「成果物の確保」と「権利関係のクリア」に舵を切り、プロジェクトを前に進めることが、経済的にも時間的にも最大の利益になることがあります。

「著作権」の処理を忘れない
設計図面の著作権は、原則として設計者にあります。途中で設計事務所を変更する場合、著作権の譲渡や人格権不行使の合意をしておかないと、新しい設計士が図面を修正できず、結局ゼロから作り直しになってしまうリスクがあります。

建築・設計トラブルは専門性が高く、対応を誤ると計画全体がストップしてしまいます。トラブルの予兆を感じたら、早めに建築紛争に強い弁護士にご相談ください。弊所には不動産専門チームもあり、同チームに所属する弁護士による相談をお受けいただくことが可能です。

弁護士 時田 剛志