紛争の内容
(1)依頼者の事情
依頼者は海外に工場を有する企業の会社員であり、2年ほど前から、海外工場の責任者を務めるため、一家で海外の現地で洗濯をし、二人の子供(中学生、小学校高学年)を現地のインターナショナルスクールに通わせていました。
上の子が高校進学目前となり、現地のインターナショナルスクールに進学通学するか、帰国し、帰国子女枠のある国内の私立高校に進学するかを検討され、やはり、帰国して、国内で高等教育を受け、下の子も、幼馴染のいる学区内の公立中学校に転入することを選択されました。
(2)自宅の状況
依頼者は、相当長期の海外赴任生活となり、帰国時期は未定でしたので、持ち家については不動産業者を通じて、賃貸することにしました。帰国時期が確定していたならば、定期建物賃貸借契約によったでしょうが、子供の教育も、現地で受け続けることを想定していたご家族でしたので、普通建物賃貸借でした。
この自宅は、依頼者の両親の自宅であり、相続した依頼者が1500万円以上のリフォーム・リノベーションをかけ、ご自身の好みの仕様にしたばかりだったそうです。
(3)合意解約退去明渡交渉
依頼者家族は、来年4月からの上の子の高校進学のため、新入学準備も含めると、来年2月には帰国している必要がありました。そのためには、住まいの確保が不可欠です。
管理している不動産会社を通じて、令和7年8月に、入居者に来年2月までの退去明渡を求め、その際には、月額賃料13万8000円の6か月分相当の金銭提供を申し入れたそうです。
(4)賃借人に代理人就任
賃借人に、代理人弁護士が就任しました。
同代理人から、①立退料として金247万円の支払いを求める、②退去明渡は1年後とする回答を受けました。
依頼者は、立退料の金額はともかく、1年後では、上の子の進学準備に間に合わないことから、賃借人との協議も不調となることも想定し、下の子の学区内の賃貸物件や、中古マンションなどをあたりましたが、好ましい物件は見当たらなかったとのことです。
(5)賃貸人の代理人に就任
賃貸管理をしている不動産会社から紹介され、上の子の進学候補の学校説明会のために一時帰国していた賃貸人が法律相談を受けました。
そこで、依頼者の要望、来年2月には進学・編入準備のため帰国し、そのために、自宅の返還を受けたいこと、相応の立退料負担はやむを得ないと覚悟していること、万が一、合意が形成できない場合に備え、引き続き入居先を探索することなどをお聞きしました。
そこで、当職からは下記提示し、ご決断を促しました。
① 早期解決
早期解決の第一義とすれば、先方の提案もとに、減額交渉をすることが考えられます。それでも、引っ越し期限は来年1月末とする提案をすることになります。さらに、来年1月分までの3か月分の賃料免除を申し出れば、さらに実質立退料負担は増えざるをえません。
② 依頼者の要望とのバランスの取れた提案
立退料の相場として、家賃1年~2年は不相当に高額ではありません。
しかし、まずは、賃貸人側から金100万円、10が月分なら138万円、1年分なら165万6千円の提案をすることが考えられます。
また、合意解約後、立ち退き猶予期間を3か月と見込み、その間の賃料支払義務免除(3ヶ月分で、41万4千円(先方も、転居先初期費用として、本件賃料と同額家賃として、3か月分家賃を見込んでいます)、敷金は契約書上ないようですが、ルームクリーニング費用の預かり金があります。これらの返金を提案することになります。
すると、さらに、実質金53万600円の、賃借人の享受する立退料の実質増額となります。
立退料100万円なら153万600円、138万円なら191万600円、165万6000円なら、218万6600円です。
そして、合意時より3か月猶予は、賃貸人の要望を入れると、令和8年1月末日限り(までにという意味です)となります。
そして、3か月の引っ越し猶予を与えるとすると、本年10月末までに合意することを条件にとして、上記を提案することになります。
③ 6ヶ月分ないし100万円以上の立退料支払いはしない(賃貸人は別の物件を確保する)という強硬策があります。経済的には一番費用負担が少ないかもしれませんが。
④ 立退料の考え方
そもそも、立退料を考える際には、賃借人に対する損失補償の観点から考えることが、当事者双方の理解を得ることが可能です(納得しやすいものです)。
一般的に、転居を余儀なくされた(元)賃借人は、新たな転居先の賃料相当額の4か月分(前家賃1か月分、敷金2か月分、手数料1か月分の事前負担)に引越し実費(引越し業者への依頼費用など)を加味した金額の提供で、ようやく、損失の補償が可能となります。
さらに、賃貸人の都合(本件では、ご子息の進学、転入のため)で、契約期間中は賃借人の地位が保証されている賃借人に転居の決意・実行を促すものです。
よって、そのための動機付けとなる、増額した金銭提供となる提案が必要となります。
そして、さらに、本件の特殊性として、上記の事情から、時間が限られている点です。
また、賃借人側の事情も考慮せざるを得ません。
費用負担の増額が不可避である代理人弁護士の選任があり、立退料の合意のうちには、賃借人の依頼した弁護士の報酬が含まれますが、当然ながら、賃借人の手取り額減額となる、持ち出しは期待できません(期待するものではありません)。
したがって、時間的にも余裕はなく、確実な退去確約を取り付けるために、せめて、当初提案された6か月分家賃よりは、上記相場を考慮した、加算(増額)した立退料の提供も想定しなければなりませんし、その賃貸人のご子息の進学転入の各実現のためには、相当額の増額負担も覚悟しておかなければなりません。
以上のような事情に鑑み、当初より、立退料総額はせめて100万円からとして、早期の合意形成を目指すべき事案と認識しているとご説明申し上げました。
これらをご検討いただき、本件ご依頼となりました。
(6)賃借人代理人への提案
ご依頼を受け、立退料の提案は、賃料1年分とすることして、賃借人代理人に対し、下記提案しました。
①退去明渡期限(本件建物賃貸借終了、並びに早期の退去明渡へのご協力のご確認)
退去の時期に関しましては、上述のとおり、来年1月末までに是非ともお願いいたします。
② 立退料について
退去確約及びその実現による、本件建物の賃料の1年分(12が月分)である、165万6000円立退料のご提供すること。本件建物の月額賃料は金13万8000円であり、その12カ月分を立退き料としてお支払いする用意があることを伝えました。
③合意成立後速やかに半金をお支払い、退去猶予期間の賃料支払免除について
まずは、上記期限までの転居・引っ越しの手続実費を十分賄っていただきますよう、合意成立後速やかに、半金である82万8000円をお支払いいたします。そして、本年11月分から来年1月末までの3か月分の賃料支払いを免除いたします。免除額の合計は、41万4000円となります。
④退去確認後の残金支払い
その後、期限までに退去実現いただけましたらば、残金82万8000円(と預かりクリーニング費用11万6600円の合計94万4600円)を退去(確認。鍵の返却など)と引き換えにお支払いいたします。
と提案し、賃借人側で検討いただきました。
当方の提案は、決して不相当でないものと自負しておりました。
(7)賃借人側からの回答
提案からおよそ10日後に、賃借人側から、当方提案に基本的に同意する旨の回答がありました。
ただ、本件賃貸借解除の時期を遅くとも令和8年1月末日か、それ以前に賃借人退去した時期とするものとあり、これについては、賃貸人側も承認しました。
本事例の結末
賃貸人・賃借人の双方代理人間で、その10日後の10月中旬、合意書を取り交わしました。
依頼者は、すぐに一時金を指定口座に振り込みました。
その後、賃借人の退去日が11月29日に決定したとの連絡がありました。
賃借人の任意退去が行われれば、本件賃貸借は終了し、また、依頼者は残金をお支払することになります。
依頼者の進学準備のために、来年1月末には退去明渡を受け、2月1日以降には、妻子は帰国し、その準備をするスケジュール通りに行えることになりました。
また、年内には、本物件のクリーニングを済ませ、年末年始も自宅で暮らすことが可能となりました。
本事例に学ぶこと
海外赴任する場合に、家族そろって海外に駐在する方があります。
帰国の時期が確定している場合には、賃貸人に回した持ち家を帰国時には確実に明渡してもらう方法として、定期建物賃貸借を利用することが考えられます。
しかし、帰国時期未定であったので、家族全員で海外に移転したが、進学などの事情から帰国を早める必要が出てきた場合、賃借人との間の賃貸借を期間満了前に解約申出をして、任意に退去明渡をお願いすることになります。
今回の投書の提案の、賃料6か月分は、賃借人の方が転居先を確保するには不足はない金額かもしれませんが、引っ越し費用が数十万円は見込まれることなど考慮すると、やはり、低額であり、この提案で応じてもらうのは困難だったと思います。
また、このような提案を受けた場合に、法律相談に応じる旨はインターネットを検索すれば、法律事務所・弁護士のホームページにたどり着きます。
今回の賃借人代理人に就任した法律事務所は、そのような事件を多数手がけている法律事務所のようです。
賃借人において、転居明渡困難な事情を控えていれば、容易に解約に応じてもらうことはできません。
そのために、立退料の増額が不可避となります。
また、賃貸人側の事情として、その希望期限がある場合には、その時までの退去確約を取り付けるために、さらなる増額を想定覚悟しなければなりません。
このような様々なご要望を持った賃貸人の方からの、借家関係の整理の事例を当事務所は多く経験しておりますので、ぜひとも、当事務所への法律相談、ご依頼をご検討されたく、ご案内いたします。
弁護士 榎本 誉





