さて、「賃貸借契約の解除」ができたら、明渡しを実現するための次のステップ「明渡訴訟の提起」に進むことになりますが、今回は、「明渡訴訟の提起」の前に「占有移転禁止の仮処分」という保全手続を行う必要があるケースについて、ご説明したいと思います。

 占有移転禁止の仮処分は、訴訟前に行う保全手続のひとつで、債務者(賃借人など)に「その物件の占有を他の第三者に移してはならない」と命じる保全処分のことです。
 この占有移転禁止の仮処分を行うことにより、物件の占有者を、その時点で(占有移転禁止の仮処分を実施した時点で)物件を占有している者に固定することができます。
これはどういうことかというと、もし訴訟をしている間に物件の占有者が変わったとしても、固定された占有者に対する判決に基づいて明渡しの強制執行をすることができるようになる、ということです。

 それでは、どのようなケースで、訴訟を提起する前に占有移転禁止の仮処分を行う必要があるのでしょうか?
それは、賃借人に代わって第三者が物件を占有する可能性がある場合です。
代表的な例としては、
 ・物件が賃借人である会社の寮になっていて、住んでいる人の入れ替わりがある場合
 ・物件内に、賃借人以外の不特定ないし多数の人物が入り込んでいる場合
 ・賃借人が事件屋のような人物の場合

が挙げられます。
 このような場合には、明渡訴訟を提起する前に、必ず占有移転禁止の仮処分を行っておくべきです。
これを怠ると、せっかく明渡しを命じる勝訴判決を取得しても、訴訟をしている間に新たに物件に入り込んだ人物を強制執行で退去させることができなくなってしまいます。
つまり、新たに物件に入り込んだ人物に対しても明渡訴訟を提起しなければならなくなり、結果として“二度手間”となってしまうのです。

 上記のように説明してもなかなかイメージしにくいかと思いますので、具体例で見てみましょう。
①賃借人Aが半年以上賃料を支払わないため、賃貸借契約を解除して明渡しを求めようと思うが、Aに貸しているアパートの部屋には、賃貸借契約書の同居人欄にも記載のない人物が2~3人住み着いているようだ。
              ↓
②そこで、占有移転禁止の仮処分を申し立て、仮処分の執行を行ったところ、アパートの部屋に住み着いていたのは、Aの他、B、Cという人物であることが判明した(=占有者がA、B、Cの3者に固定される)。
              ↓
③その後、明渡訴訟を提起し、明渡しを命じる判決を取得した。
この判決に基づいて明渡しの強制執行をしたところ、そのアパートには、A、Bの他、新たにD、Eという人物が入り込んでいた。
              ↓
④判決で明け渡しを命じられている人物⇒A、B、C
強制執行の時にアパートにいた人物⇒A、B、D、E
本来であれば、A、B、Cに明け渡しを命じた判決で、D、Eを追い出すことはできないはずです。
しかし、②で占有移転禁止の仮処分を行ったおかげで、占有者が「A、B、C」に固定されていますから、その後にアパートに入り込んだD、Eの名前が判決に入っていなくても、そのままD、Eも追い出すことができる、ということです。
(もし、②の占有移転禁止の仮処分を行わなかった場合、D、Eを追い出すためには、もう一度、D、Eを被告として明渡訴訟を提起し直さなければなりません)

 占有移転禁止の仮処分を行う必要があるかどうかは、個々の事案ごとに、詳しい事情をお聞きしながら弁護士が判断します。
 賃借人やその家族、同居人として把握している以外の人物が出入りしているなど、気になる事情がありましたら、必ずご相談下さい。